Up 5月2日 作成: 2024-12-07
更新: 2024-12-11




      『菅江真澄全集 第2巻』(未来社, 1971). pp.35-37
    二日
    雨ふり風さへ吹ぱ、いでたゝずかたらふほどに、 こゝなるコタンのアヰノ(メノコ)ども、木皮帒(サラネフ)ポてふものに、



    牛嬭菜(イケマ)かづら(いけま)、 象山貝母(ルシツフ)(おおうぱゆり)、 篠笋(トベエフ)(ささのたけのこ)、 独活(チマキナ)(うど)、 似白笈(ヌベ)(おおしゅろそう)、 かゝる草の根どもを、いたく採り入ておひ来けり。
     〔 天註──象山貝母を、みちのおくにてツバユリ、ツンバユリ、オホバユリ、ヲバユリ、ウバユリ、ウバイロ。 夷言にルレツフとぞ〕






    ふたりのメノコの名をウベレコ、シロシロ、
    又来けるオツカイ(男)ふたりをカンナグ、シキシヤといへるが、ゐならぴて、男は濁酒(ヤヤサケ)濁酒といひもて、運上屋なる筆者(カンビ)が前に、
     〔 天註──カンビは、筆をも、紙をも、かいたるものをも、ものかく人をもいへり〕
    カモカモとて弦桶ゃうのものさしいだして酒こひはたり、提にうつし、ふたりうちむかひ居て、(ツフウキ)は台ながら左に把り、のせたる鬚上(イクハシウ)を右にとり,もろもろの神鬼(カモヰ)をとなへつつ、かのイクハシウのうれして、そのみき露斗、いく度もこぼしこぼし捧ることひさしくて、(レキ)おしわけ、こゝろよげにのみて、此ひとつきのにごれる酒を、価なき宝にも、あにまさらめやとおもふならし、ゆめ、さかなもなう、さしかはして時うづりぬ。





    あるじシキシヤにむかひ,ことかよふわざして、それらがこと葉に、なにくれなにくれとわがとふことをうつしてとひ、 山の桜はいかに咲たりと聞しかば、シキシヤをさきだてて、いそべの山かげにふかくわけ入りて、かれらがものいひきいまねびて、
      アヰノヤタ、キモロヲシマケ夕、ニイヤノニ、
        ノチケリアンべ、レタルヌウカラ。
    アヰノは蝦夷、ヤタは磯、キモロは山、ヲシマケタは物の陰、ニイヤは桜、ニは木をいひ、ノチケは盛りを、リアンベは近き磯の浪、レタルは白きをいび、ヌウカラは見るといふこゝろもて、しかいはば、
      ゑぞのすむ いそ山かげの さくら花 
        さかりをなみの 寄るとこそ見れ
    あたらしや蝦夷がちしまの、と、うべも聞えたりとずんじて山をいづれば、日はくれたり。
    笹の丸屋のうちに、ことさやぐは、れいのアヰノの音曲(ユウガリ)ならんと窓よりさしのぞけば、いと、ませばき屋のなかに酒の器どもならべおき、ひたのみにのみて、とよのあかりをなんしたりける。
    いかがしたりけん、ものあらがひをしていかりたち、チヤウカヰ、イチヤウカヰ (吾等足下) と、きいしらぬいさかひの声いやまさりて、すまひのごとく(シャバ)をおさへ、耳環(インガレ)をつかみ、耳たびもちぎれ、カモカモもうちやり、外器(ケマシントコ)の酒もこぼれたり。
      よろこびも いひはらたづも うちさへぎ えぞ言の葉の しられざりけり
    かくて運上家に帰る。