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『菅江真澄全集 第2巻』(未来社, 1971). pp.37,38
あしたのまの雨ばれに、このクドフ(久遠) の蝦夷やかたをいでて、
ヒカタ泊、湯の尻、レンガヰウダ、小川尻、ウシジリといふ山河のへたに、
アヰノの長すめり。
やの前に垣ねのごとく木をゆひ、羆の頭の雨つゆにしらみたるを、またぶりのやうなるものに、づらぬいてゆひそへ、イナヲとりかけて神とて祭る。
比楽柁寧為(久遠郡平田内)につく。
この行さきの山中は、なゝき(七寸)、やき(八寸)斗めぐりある虎杖、みちふたぎて高う茂り、羆すむとて行かひさらにあらざれば、このいそぶねにのりいなんも波あらく、けふなんなだふねひとつ、うちやぶれたるなど人ごとにいひさはげば、こゝろぼそう、せんすべもなう、さゝやかの家あるにこひよりてやゝ宿つきたり。
あるじのいはく、世にいぶせき宿と、さぞなおぼしさぶらはんか、世のすぎはひとて、かゝる畑小屋のやうなる家にも住さぶらふ。
されど鯡の群来さぶらふころは、都まさりににぎはゝしう、海はましろにしろみわたりて、[竹+叉]のから(柄)、舟かひなどおし立ても、土にさしたるごとに、かたぶきもさぶらはず。
舟は木の葉をちらしたるやうにこぎ出て、ろかぢの音に山もゆるぐべう、よるひるとなう海山を人わけありき、火をたつるとて、こゝの磯より火をたかうたいて、鯡のくきたりと、こと浦にしらせ、かしこの浦に火がたちしぞなど舟をとばせ、又追鯡の漁とて、いづこの浦となうこぎ来て、野にも山にもまろやかた (丸屋形) をおしたて、くきざるいとまには、たゞ、さかもりてふわざにうたひ、まひ、みつのつる(三味線)音海山にどよませ、夜は、いもねず、みめこと
がらのよき、なかのり(女)見て通ひありくを、わかせどものならはしとはせり。
鯡の魚さき、飯かしぐ女どもを中にのせて漁舟の来れば、鯡場にては女を、なかのりとはいふなり。
魚場うりとて、なにくれの物あき人あり。
銭も、こがねも、みな海より涌出て山をなしさぶらふ。
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鯡とるもなかに人身まかれば、ほうりのわざどなう、かり埋めてふことをして、みな月の末、ふん月になりて、そのをこなひをなんしけるなど。
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