Up 5月22日 作成: 2024-12-08
更新: 2024-12-09




      『菅江真澄全集 第2巻』(未来社, 1971). pp.52,63
    廿二日
    こゝちよげなれど、よべよりの雨、をやみなういよゝふりそへて、河水いやたかけんなど、あるじのいへり。
    人の入来ていふ、
    けふ山中のみちにて(シゝ)(ひぐま)にあひ、はからずもとびきて身はそこねたれど、いのちはまた(全)し。
    此島にかもしか、狼、ましら、猪のたぐひこそすまね、塵(鹿)と羆とはいと多けれぱ、この羆にのみをそれて、われも人も、野山の行かひはやすからず。
    さりければ、ひとり、ふたりの旅人は、行つるゝ友をまちていざなひ、あるは、人をたいのみ、さいだてて越ゆ。
    あら山中を、あがものがほに行めぐる蝦夷人すら、毒気の箭たぱさむならでは、やすげなし。
    しゝは三寸の草がくれとて、いさゝかの短きくさむらにでも、ふしかくろひて、身をひそむのじち(術)あるけものなり。
    まして夏草たかう茂りあひては、しゝの出たりしとも、さきにすLみたるか、とゞまりたるか、しぞきたるか、そこと行衛しられじ。
    はた、しゝに、ふとゆきもあはゞ、ゆくりなうおどろきて、いとゞたけう、あれふるまはん。
    かゝるをりには、気も心もたましゐもうせなん。
    さりけるときは、まづこゝろをしづめ、ほぐすの火うちいで、けぶり吹て、何げもなう休らひ居ば、しゝはにげさりぬとか。
    こや、もろこしの虎にひとしく、しゝも、をそれざるものををそるゝのくせあり。
    いかりたけりたるしゝにむかひては、とき鉾つるぎだもをよびがたかるべけれど、アヰノの、毒箭ひとすぢにふと射ころし、あるはアヰマツフとて、弓に毒矢をはぎおく。
    そのゆづるに糸をひきはへて、この糸に、つゆ斗ものゝさはらば、羆にても塵(鹿)にても、毒箭の、さとはなれ来て身にたち、ほろびけるとなん。
    夷くにの山中わくるかち人は、かゝることなども、こゝろづかひすべし
    と語りけるほどに、
    タぐれちかづきて雨猶をやみなければ、
      海山の ながめもけふは ふりくれて むかふさびしき さみだれのそら